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GODDESS

2019年
10月14日

日本のサーフィンが初めて平凡パンチに載った日

日本のサーフィンが初めて平凡パンチに載った日

昭和45年若者達の情報誌
{平凡パンチ} にサーフィンが初めて取り上げられた資料です。
茅ケ崎球場の海側、国木田独歩の石碑が有る場所に
使われていなかったレストハウスを借りて
其処にサーフボード工場とSHOP(湘南サーフショップ)を
やって居ました。
 其れを後にポパイの編集長に成る
未だ駆け出しの記者 
石川次郎、イラストレーターの 小林康彦氏が訪れ
平凡パンチに初めて サーフィンが取り上げられました。
合計6ページ、当時にしては異例の取材でした。
 このページはその中の1ページです。
小林康彦氏の独特のリアルな筆のタッチは
とても繊細に正直に描かれていて
今見ても驚くほどのリアリテイが有ります。
この後、次郎さん 小林康彦のコンビは
サーフィンを載せ続けて呉れて
日本のサーフィンは多くの若者の気持ちを
サーフィンへと導いてくれました。
 正に日本のサーフィンの普及に最も貢献して呉れた
雑誌は 平凡パンチで有り
石川次郎氏、小林康彦氏の功績には忘れては成らないと思います。
 イラストを見て分かるように
私は裸で しかも外で板を削って居ました。
レストランの左側に手作りの小屋が有って
其処に手書きで 湘南サーフショップと有ります。
GODDESSの原点は  {湘南サーフショップ}でした。
 当時のメンバーは
現在辻堂の主 マーボロイアルの小室正則
  鵠沼のコーストライン の小田天児
  千葉一宮で店を構える 小池正則(BBプロ小池葵ちゃんの親父)
  後に茅ケ崎でサンシャインサーフショップを開いた 高橋和夫(故人)
  藤沢菅原運輸 社長 の菅原金栄
  茅ケ崎でテンオーバーサーフショップを開いた 渡辺誠一
  平塚の山川酒店の山川
  平塚の 天才サーファー 青田タクジ
 又、歌手の尾崎紀世彦(故人)
 次郎さんが連れてくる 松岡きっこ
  等が出入りして居ました。
芸能人を除けば皆僕の大切な仲間で
今と成れば毎日サーフィンしてばっかりでしたが
色々な勉強も出来たのでは無いかと振り返ります。
 それは、それぞれが今も立派にサーフィン業界の中で
成功者として君臨して居るからです。
 次郎さんの平凡パンチには彼らも載って居ます。
マーボーのショップも最初はGODDESSでオープンしました。
其れも小林康彦氏のタッチで描かれています。
日本のサーフィン創成期の歴史を 平凡パンチが
記録に残してくれています。
 2年ほど前に 東京で小林康彦氏の パーテイが有りましたが
私も招待されて石川次郎さんに即されて
お祝いの挨拶をさせて頂きましたが
二人とも健在で 今の活躍の場を広げています。
 今日は此の二方 平凡パンチに
感謝の意を持って昔の資料を載せさせて頂きました。
今GODDESSが有るのも若き頃の
平凡パンチの記者 石川次郎氏 小林康弘氏のお陰です。
 台風一過 時間が経過するごとに被害の大きさを知る事に成りました。
亡くなられた方に心よりお悔やみ申し上げます。
これから復興に向かって多くの苦難が待ち受けています。
どうぞ気を落とさないで根気よく頑張って頂きたいと思います。