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GODDESS

2020年
05月02日

和歌山の俊平君が亡くなりました。

和歌山の俊平君が亡くなりました。

先日、和歌山の俊平君が亡くなりました。
ブログで報告するかどうか?
悩みました。
 其処に伊良湖のバリハイの武藤君から
俊平君の懐かしい写真が送られて来て
 ブログアップする事にしました。
写真は若かりし日の 俊平君&武藤君です。
 場所は新島の全日本会場です。
二人とも同じヒートだった様で新島の強い日差しの中
 良い顔して居ますね。
俊平君とは付き合いが長く
昔、和歌山GODDESSが有った頃からの付き合いです。
 誰にも好かれる性格で、本当に良い奴でした。
 和歌山と言うよりは関西全域のレジェンドサーファー と言った方が
分かり易いと思います。
関西、名古屋、関東と知り合いも多く
 業界の潤滑油の役目をして呉れて居ました。
GODDESS伊豆支部長の タエちゃん共交流が有って
伊豆の多々戸迄来ていました。
 その位、義理堅く、人との付き合いを大事にして呉れて居ました。
和歌山には何十年も行けて居ません。
 それが不思議な事に
昨年7月頃、俊平君が口を利いてくれて
取引が始まった 大阪のカルフォルニアウエーブ の寺田さんの
処に ロングを3本持って行くときに
 店の場所が分かり難いから
磯ノ浦のビーチに行ってサーフィンしながら合流しましょう。
っと俊平君が段取りして呉れて
 その日は平日にも関わらず昔の仲間を10人ほど集めて呉れて居て
池田ミッタカ、ラステイの三口も来てくれて
波もロングには充分の波が立って
 楽しくさせて貰いました。
そして、昨年暮れにミッタカから
一報が入り、俊平君が入院した事をしりました。
 其れも結構深刻な内容で気がめいりました。
そして4月に入り再びミッタカから連絡が入りました。
{ 社長、、俊平君が、、、}と声に成らなくて
俊平が 亡くなったことを知りました。
 病院から家に戻った、と聞いた時に
 俊平 大丈夫か? とメールしたら
気丈に、{大丈夫です} と返ってきました。
まさか、之が俊平と交わした最後の言葉に成ろうとは?
 ミッタカから連絡が来て、花を添えて呉れ。
と依頼しましたが
こんな時期で 家族葬でと言う事で其れも叶いませんでした。
ミッタカに宜しく頼むね。 と託して。
 今振り返って見ると
磯ノ浦に呼んで呉れたのが不思議でなりません。
お互いが此の運命を知る由も無いし。
 本当に不思議で成りません。
和歌山迄は一人で運転はキツイのでTジェイズの椎名さんを誘うと
椎名さんは二つ返事で 和歌山迄行く事に成りました。
二人とも磯ノ浦は初めてで、予約して居た
ペンションへは夜中に付き、その道幅が余りに狭く
直ぐ其処なのに中々行き付け無くて
苦労した事も想い起されます。
 翌朝、天気が良くて、線路を渡ってビーチに出ると
本当に綺麗で水は透き通り しかも腰位の波が入って居て
 直ぐに着替えて海に入りました。
波もきっと俊平君が呼び寄せて置いて呉れたのかもしれません。
振り返って見ると、本当に不思議な事ばっかりでした。
 俊平君が本当に呼んで呉れたんだなー。
僕との別れを作ってくれて居たんだなー。
 今はそう思えてなりません。
和歌山GODDESSが有った時は店には何回も来ています。
でも磯ノ浦に入った事は有りません。
 最後の最後に磯ノ浦に入る事が出来ました。 
良い写真を送って来てくれた
 武藤君に感謝です。
俊平は 本当に良い奴でした。
名前を呼びつけで言えるのも
 それ位俊平には気を許していました。
俊平、本当に楽しい時間を有難う。
 忘れないよ。